ようこそ、物語のある食卓へ。
見て、食べて、聞いて、語って、ふれて。五感で東北の未知のおいしさに出会う旅プロジェクト、「テロワージュ東北」の一端を紹介するイベント、「テロワージュ東北ナイト」が1月12日(木)、東京・有楽町の「microFOODand IDEA MARKET」で開催されました。
「テロワージュ東北」は、私たち東北絆テーブルが取り組んできたツアープログラム。『テロワージュ』とは、〝気候風土と人の営み〟を表すフランス語、「テロワール(terroir)」と〝食とお酒のペアリング(結婚)〟を表す「マリアージュ(masiage)」を組み合わせた造語です。東北を訪れ、生産者の皆さんと語らったり、ふれ合ったりしながら、豊かな山海の幸と美酒を楽しむプログラムです。
東北各地でこうした旅や催しを企画して数年。東京でも東北の復興と新たな息吹を感じていただこうと、この日は当プログラムに協力してくださった方をお招きする夕べを開催しました。ここまでの歩みを紹介しながら、宮城県在住の3人のシェフの料理と、宮城県産ワインのマリアージュをお楽しみいただくひとときとなりました。
最高のおいしさは産地にあり!
しなやかで温かい、東北の食、酒、人、風土
<第一部> トークイベント「東北の食の魅力と可能性」
ゲストスピーカー ロバート・キャンベル氏(日本文学研究者)
阿部勝太氏(一般社団法人 フィッシャーマン・ジャパン代表理事)
毛利親房氏(テロワージュ東北発起人・仙台秋保醸造所代表取締役)
〜3種のオードブルと秋保ワイナリー「バンジーシードルドルチェ」とともに〜
「サルモーネマンテカート」(藤田承紀シェフ/菜園料理家)
「うにバターの泡、根セロリのブランマンジェ」(松田龍之介シェフ/Matsuda)
「オイスターパテと和えたお米のサラダと東松島産牡蠣の低温スチーム名取のせり」(吉田克則シェフ/仙台秋保醸造所)
この日はトークショーとワイン、料理のペアリング食事会を開催。第一部のトークショーは当法人代表理事、千葉大貴の挨拶から始まりました。このプロジェクトが2011年の震災後、生産者の皆さんへの支援という形で開始されたことをお話ししました。そこで気づかされたのは、大きなダメージを受けても揺るがない、東北の豊かさと温かさ。山海の幸に恵まれ、温かな人たちに受け継がれてきた確かな技術や文化が、伝統料理や多種多様な地酒に息づいています。
震災により、東北に唯一あったワイナリーが閉じられようとしているときに立ち上がったのが、今回のスピーカーの一人でもある毛利親房氏。建築家として被災地支援を行ううちに、東北唯一の醸造所が被災し、ワイン産業が消滅してしまったことを知り、醸造の世界へと身を転じ、2015年に秋保ワイナリーを創設。ワインを核として人、食、文化、産業を育んでいくことを目指し、ぶどうの栽培やワイン醸造のみにとどまらず、地域振興や生産者の育成に取り組まれています。ミネラルが豊富で果樹栽培に適した秋保の地で作られた醸造酒は、開設数年にして、すでに高い評価を得ています。
つながって、まとまって、広がって。毛利氏の個や組織の枠を超えた取り組みにより、東北には現在、8つのワイナリーが誕生。秋保ワイナリーの近くには2023年にビールの醸造所、ブルワリーも開設される予定で、震災やコロナといった逆境にも負けない、しなやかで新しい営みが生まれています。
百聞は一食にしかず
3人のシェフのオードブルと秋保ワイナリーのシードルの競演
トークショーは秋保ワイナリーの宮城県・亘理産ふじりんごを使ったシードルと、3人のシェフのオードブルを楽しみながら行われました。藤田シェフが手掛けたのは、「サルモーネマンテカート」。女川町の銀鮭をペースト状に練り上げ、松島産の全粒粉のメルバトーストにのせた一品です。松田シェフの一品は、「うにバターの泡、根セロリのブランマンジェ」。岩手県洋野町産のうにバターに、根セロリのなめらかなブランマンジェを合わせて。根セロリは農家さんに頼んでつくり始めてもらったもの。生産者とシェフがつながることで、栽培作物にも広がりが生まれているといいます。秋保ワイナリー併設レストランの吉田シェフによるのは、「オイスターパテと和えたお米のサラダと東松島産牡蠣の低温スチーム名取のせり」。秋保ワイナリーのぶどうの搾りかすやワインを加え、料理の輪郭を際立たせます。
食べものがつくられる背景を知れば、
食シーンはもっと豊かになる
フィッシャーマンよ、大志を抱け!
オードブルに使われたわかめの生産者が、もう一人のスピーカー、阿部勝太氏。三陸・石巻の若き漁業者の集団、フィッシャーマン・ジャパンを率いる阿部氏は、さまざまな権利や制約がある水産業の世界に、地縁・血縁がない人も広く受け入れるべく、漁業に興味のある人と、漁業従事者をつなぐ「トリトンプロジェクト」を始動。水産業界に地殻変動をもたらしています。
阿部さんがお話しくださったのは、現在取り組んでいる「食育給食」のこと。給食に地産品を提供し、つくり手と食べ手をつなぐ活動をしています。農産物や海産物のサイズや見た目の美しさが重視される日本。「でも、日本人は無意識に選んでいるんじゃないかと思うんです。(食の現場を)一緒に知って学べば、もっと豊かになれて、食の奪い合いも防げるんじゃないかと思います。魚をとった人、加工した人と消費者をつなげて、大人も子どもも学べる機会をつくりたいですね」。
メビウスの輪のように
始まりも終わりもなく、つながっていく世界へ
「東北のワインぶどう畑は、ぶどうの海老鼠(えびねず)色と周囲の風景の色が合っている。ワインがどうつくられているのかを教えてもらい、焼いたかぼちゃとシャルドネが合うことを知りました」。
参加者の脳裏に、美しい情景を鮮やかに描き出してくれたのは、ロバート・キャンベルさん。畑を訪れたときの驚きをお話しくださいました。これからは、生産者から消費者へ、川上(かわかみ)から川下(かわしも)へと一方向に流れていくような流通システムから、メビウスの輪のように始まりも終わりもなくつながっていく流通形態への転換が必要。そのために大切なのは、生産者と料理家、消費者がつながって、食材の背景を知ること。「海老鼠のぶどうを見れば、ストーリィが感覚器官に入ってくる。食べる人、つくる人がつながれば、お互い求められていることがわかります。おいしいものを食べながらつながっていく。今日はふたつのわかめの食べ方が出てきましたけど、<牡蠣の下にひそんでいるものは何?>と。そんな風に楽しみました」。
復興のその先の世界へ。
東北の魅力を発信したい
トークショーは、毛利さんの「復興のその先」のグランドデザインの説明で締めくくられました。人と人とのつながりや、事業の形が「支え合い」から「高め合い」、「分かち合い」へと変化してきている東北。その中でテロワージュ東北が目指しているのは、世界とつながること。「このプロジェクトには人を突き動かす力があり、関わっていく喜びがあります。これからはインバウンドを意識した動きで、コロナ後の要ができればうれしい。秋保のぶどう作りを伝えることから始めて、東北の食、人、風景、文化を伝えたいですね」。その一歩として、2025年の大阪万博でのブース出展へ向けて挑戦が始まります。
風景が浮かび上がるような3人のシェフの料理と、
土地の個性が感じられるワインのマリアージュ
<第二部> ペアリングイベント「秋保ワインと東北の旬の食材のマリアージュ」
「りんごとカモミールのリゾット」×「シャルドネ2021」(藤田シェフ)
「神経締め真鯛のコンフィ、白子とわかめのフリット、サラダ蕪のクーリ」×「秋保フィールドブレンドブラン(白)」(松田シェフ)
「伊達の純粋赤豚のロース肉のロースト 自家製オイスターソース」×「秋保メルロー2020」(吉田シェフ)
〜デザート〜
「苺ときな粉のクロスタータ」(藤田シェフ)
「トマクイーンのワインコンポート、デリシャストマトのチップス」(松田シェフ)
「ストゥルーデル(北イタリアアルトアディジェ州のリンゴのパイ)」(吉田シェフ)
第二部スタートの乾杯の挨拶をされたのは、「日本のワインを愛する会」会長である俳優の辰巳琢郎さん。秋保ワイナリーを訪れた際に、いち早く畑の凝灰岩が、秋保ワイナリーのワインのミネラル感をもたらしていると気づかれたそう。
秋保ワインの特徴を解説してくださったのは、ソムリエールの真鍋摩梨さん。「秋保ワイナリーのワインは、主張しすぎず、優しく品のある味。ワインと生の魚卵や寿司をペアリングするのは難しいのですが、秋保ワインは魚介類のくさみを感じさせず、寄り添ってくれます。優しい甘味はペアリングの幅を広げてくれます」。
藤田シェフのりんごとカモミールのリゾットにペアリングされたのは、繊細でみずみずしさのあるシャルドネです。数年前に奥さまの故郷である宮城県の田園風景の美しさに胸を打たれ、移住してきた藤田さん。米や農作物作りにも携わり、リゾットに使われたお米は、自身が初めて関わり、貯蔵していたものだそう。りんごやカモミールも、実際に畑を訪れたことのある生産者の方のものを使ったといいます。ひとさじ口にすれば、さわやかな香りとともに風景が立ちのぼるような一品です。
松田シェフは、三陸の海の幸を。石巻で水揚げされたタラのコンフィは、その弾力に驚かされます。それも下処理の方法と、鮮度のなせる技だそう。白子とわかめのフリット、蕪のピュレと、白の競演が目にも美しいひと皿です。
吉田シェフがテーマとしたのは、「土地と海のマリアージュ」。豚肉と牡蠣という、サプライズ感のあるペアリングは、東北の山海の恵みの豊かさを感じさせてくれます。
テロワージュ東北。人と人がつながり、さまざまな思いで紡がれる、東北の美味と風土、人をめぐる旅に、あなたもいつかいらっしゃいませんか?